元読売テレビアナウンサー・清水健さん、妻・奈緒さんの死から5年「どれだけ頑張ってもママの代わりできない」

引用元:スポーツ報知
元読売テレビアナウンサー・清水健さん、妻・奈緒さんの死から5年「どれだけ頑張ってもママの代わりできない」

 元読売テレビアナウンサーの清水健さん(43)は同局の看板ニュース番組のメインキャスターを務めていた2015年2月、妻の奈緒さん(享年29)を乳がんで亡くし、シングルファーザーになった。長男は当時、生後3か月。それでもすぐに番組に復帰し、育児にも仕事にも全力で向き合ったが、約2年後に同局を退社する決断をした。奈緒さんの死から5年。「どれだけ頑張ってもママの代わりはできない」という現実を、ようやく受け入れられるようになったという。(取材・構成=中村 卓)

 退社の約1年前、がんなどの難病対策に取り組む団体・個人を支援する基金を設立した清水さんは今、講演で全国各地に足を運び、命の大切さを訴える。キャスター時代に比べると自分で調整できる時間は増えたが、長男と触れ合う時間は、必ずしも長くなったわけではないという。

 「新型コロナウイルスの感染防止でしばらく休止させていただいていますが、普段は週に3、4日、講演です。時間は午前中だったり夜だったりいろいろ。早く帰れる日は幼稚園に迎えにも行きますけど、週に4、5日行けるかと言えば不可能です。家族、具体的にはばあちゃん(清水さんの母)に頼る部分がすごく大きい。後ろめたさばかりです」

 シングルファーザーとなって5年。生活は変わらず慌ただしい。

 「2月11日が命日で。悲しみが薄らいだかと言うと、そんなことは全くないんですが、3、4年目の命日と比べると、ちょっと冷静に迎えられたかな。でも、普段の生活は何も変わらない。簡単に言えば、生きていかなくちゃいけないのでね。仕事を休めるかと言えば、休めません。僕は確かにシングルファーザー。でも、シングルではないんですよ。ばあちゃんがいなかったら何もできない。それを今、やっと受け入れられるようになったと思います」

 5年前の仕事復帰は、奈緒さんの他界からわずか8日後だった。読売テレビからは定時に帰宅できる部署への異動も提案されたが、同じ番組への復帰にこだわった。スタイリストの奈緒さんとの出会いが、その番組だったからだ。

 「現実を考えれば、厳しいことがいっぱいあった。でもあの時は、心の糸がピンと張り詰めすぎていて、そこまで考える余裕がなかったんだろうと思います。今振り返ると息子には、たくさん我慢をさせただろうけど、僕たちは『伝える』という(報道の)場で出会った。そこが妻とのスタートなので、どれだけしんどくても踏ん張りたい、その一心でした」

 職場復帰から1年後には講演も開始。育児、仕事、講演会を全力でやり抜こうとしたが、ふと気づくと、20キロも体重が減っていた。

 「あの時は責任ある立場で、カメラの前に立ち続けなきゃいけないと思っていたし、一方で、ばあちゃんばかりに息子を預けていいのかという葛藤もあった。さらに講演も依頼がある以上、できる限り応えなければいけないと思っていました。でも体は正直です。ふと立ち止まった時、『これじゃ誰も喜ばない』と感じました。キャスターを降板するのは、僕の中では会社を辞めることと一緒。そうじゃないと申し訳ないと思いました。会社に対しても、視聴者の皆さんに対しても」

 会社を辞めたことは後悔していない。しかし、なすべきことが講演と育児に絞られた今も、決して理想通りの子育てができていると感じているわけではない。

 「もしママがいてくれたら、僕はずっと甘やかすつもりでいたのでね…。『うわ~、こんなに叱っちゃってるよ。やだな』なんて思います。だけど妻がいないぶん、僕が厳しくするしかない。ばあちゃんが叱るわけにはいかないので、厳しくするのは、僕がすべて。息子にとっては、怖いパパかもしれません」

 シングルファーザーになった当初は、母親業も一緒にやる意識があった。

 「はじめは料理も頑張ろうと思っていたんです。できないと言ってはいけないと。でも、できないですよね、正直。もちろんお風呂に一緒に入ったり、洗濯を手伝う、食器の片付けを手伝う、そんな基本的なことをやるのは当たり前。でも帰りが遅くなることは多いので、食事の用意とかに関しては、もうばあちゃんにおんぶに抱っこです。妻が息子にしてやりたかったぶんだけはしっかりやろうと思うけど、どれだけ頑張っても、ママの代わりはできない。今はできないと素直に言える。そのことに気づけたこの数年かな」

 講演会では来場者からの質問を受け付ける。答えに窮する質問もあるという。

 「『奥さんがいて欲しかったと思うことを、具体的なエピソードで教えてください』と聞かれたことがあります。なかなか答えられないですよね。だって全部だから。息子は今、幼稚園に好きな女の子がいるみたいで、僕が朝、鏡の前で髪の毛を整えていると、息子も同じようにやってるんです。『何やってんだよ』とおかしく思うけど、こんなことだって妻も一緒に笑いたかったでしょう。『再婚した方が息子のためにいいのでは』と聞かれることもあるけど、いいかどうかなんて分からない。具体的な再婚の話があるわけではないので、なかなか想像も働かないけど、将来的にはするかもしれないし、しないかもしれない。僕が息子を見て決断することなんだろうと思います」

 5歳になった長男が、母親がいない寂しさを見せることはほとんどない。逆に清水さん自身は、弱みを見せることも父子2人だけの強みだと感じている。

 「息子の前だけは素でいられるのでね。ダメなパパも踏ん張っているパパも、一番近くで見せられていることは大きいかもしれない。『今日のパパはしんどいな』なんて、思っていると思います。それが息子の人生にとっては、一番いいことかな」

 父子2人になってからは育児に悩み、返事があるはずのない奈緒さんの携帯電話に、しばしばメッセージを送ってきた。だが、5年が過ぎ、メッセージの内容も少し変わってきた。

 「以前は『これで大丈夫かな?』『なんでいないの?』と相談事も多かったんですけどね…。5回目の命日は『見ててよね』と、問いかけに変わりました。息子はこれから絶対に反抗期もあるだろうけど、どれだけ衝突しても僕たちは大丈夫だと、自信はあります。最後に『ママごめん、けんかしちゃったよ』と言える共通の場所があるのでね。僕が泣いてるところを見せたっていい。『父ちゃん、いつまでグジグジしてんだよ、しっかりしろよ』。そんなことを言われるような関係でいたいですね」

 ◆清水 健(しみず・けん)1976年4月19日生まれ。43歳。大阪府堺市出身。大阪府立泉陽高校を経て、中央大学文学部卒業。2001年、読売テレビにアナウンサーとして入社し、人気番組「どっちの料理ショー」「あさパラ!」などを担当する。09年、新番組「かんさい情報ネットten.」の情報キャスターとなり、11年9月から6年間はメインキャスター。17年1月いっぱいで同局を退社した。著書に「112日間のママ」「笑顔のママと僕と息子と973日間」。 報知新聞社